それでも湾生回家はいい映画です

『湾生回家』(わんせいかいか)とは、2015年の台湾映画で、
香港の日本語紙の紹介によると、こんな映画です。

湾生(わんせい)とは、1895〜1945年の日本統治時代の台湾で生まれ育った日本人。終戦後、約20万人の湾生たちが生まれ故郷である台湾を去り、日本引き揚げを余儀なくされた。湾生を祖母にもつプロデューサーが12年かけて200 人以上の湾生たちに取材し、さらに5年をかけて完成させ、台湾で大ヒットしたドキュメンタリー作品。(香港ポスト2016年7月8号映画欄より)

(映画欄に掲載されてたのよく覚えてる。なぜなら、私が上の文章を書いたから。ははは。)

映画 湾生回家

映画のシーンより。台湾で生まれ、敗戦直後に日本に引き揚げた人たちのドキュメンタリー。故郷のこと、家族のこと

2016年の夏に『湾生回家』を観た時、生まれ故郷・花蓮の思い出を語るみなさんのエピソードに心打たれて、わんわん泣きました。絶対自分のブログに書こう!と思いました。

でも後で気が変わりました。どうしてかというと、この映画の「湾生を祖母にもつプロデューサー」を実際に見かけた時の印象が大変に悪く、とても真摯にものを創る人には思えず、そんな人が関わった作品に疑いの気持ちが湧いたからです。イベントで見かけただけですが、作品の印象の良さとプロデューサーの印象の悪さのギャップが大きくて、そのことが印象に残っていました。

それから半年。年明けの今日、このニュースを知りました。

台湾映画「湾生回家」に関与の女性、身分詐称認める「祖母は湾生じゃない」
(中央社フォーカス台湾 2017年1月1日の記事)

印象悪かったプロデューサー(実際にはプロデューサーじゃなかったのかもしれないけど、ここではそう呼びます)のことです。

これで納得がいきました。すっきりしました。

幸いにも、映画自体に嘘はないようです。
このプロデューサーは映画製作にほとんど関与していなかったそうです。

「湾生回家」の黄銘正監督、「映画は真実」
(中央社フォーカス台湾 2017年1月3日の記事)

プロデューサーの詐称のせいで、これまでこの映画に捧げられた賞賛が取り消されることがあるかもしれませんが、それでも湾生回家はいい作品です。

☆この映画の良さを紹介しているブログはたくさんあると思うので、読んでみてください。

映画 湾生回家

映画のシーン。自然に恵まれた環境で育った思い出を語る

プロデューサーを見かけた後に私がtwitterに連投で書いたことを下にまとめておきます。映画の感動をこのブログに書く気は失せたけど、とても残念だったので、twitterに書き残していました。

私のtwitter:2016年7月17日のつぶやき

台湾で大ヒットした映画『湾生回家』を香港でみました。湾生(日本統治時代の台湾で生まれ育った日本人)のドキュメンタリー。台湾と日本の内輪受けっぽいけど、いい感じに泣ける。日本と台湾の人は見たらいいと思う。ハンカチ2枚以上必要。ただし、残念ながら、私はちょっと引いています。

観客と映画製作者のトークセッションがある日の上映に行きました。香港でのこういうセッションはたいてい盛り上がります。台湾とは違う教育を受けてる香港人が『湾生回家』を見てどんな質問をするのか、それに対して製作者側がどう返すか、不安も含みつつ、すごく楽しみにしていました。

セッションに出たのは原作者?で、中国名と日本名をもつ人(観客賞を受賞した大阪アジアン映画祭のサイトにはプロデューサーとある)。この人のおかげで映画の印象がだいぶ変わりました。彼女はひたすら一方的に普通話でしゃべり続けました。こんなに観客の言葉を聞かない製作者を初めて見た。

私は席を外していてセッションの始まり部分を見てなかったので、もしかしてこれはいつものトークセッションではなくて、講演会ってこと?と思い確認してみたところ、最初はいつも通りに誰かが質問をして始まったらしい。それに答える形で、原作者がひとりで話し続けて、その時点で15分。

私はその時点であきらめて会場を後にしました。彼女の話自体は面白かったんだろうけども。ちなみに、香港国際映画祭だったか、たしか香港大学でトークセッションがあった時も、この人は同じ調子で一方的にしゃべり続けていたと聞きました。
(追記:トークセッションがあったのは香港大学ではなくて、中文大学でした。)

何か違う文化からきてるのかもしれないけど、異様に思えました。こんな人が作るものは、さぞかし彼女の都合のいいように歪めらてそうだ。そういうわけで、この映画も、印象ダウン。残念。

今度は是非、監督の黄銘正さんと観客のトークセッションをしてほしいです。お願いします。香港の人たちはどう思ったんだろう。ほんと知りたかった。残念です。私はいつか日本か台湾の映画館でこの映画を見たい。そしたら思う存分雰囲気に浸れると思うから。
(2016年7月17日 twitterより )

全く日本人に見えないけど、日本人の血を引いて日本名をもってる人は、いるでしょう。だからそこはまぁよしとしました。

一番納得いかなかったのは、彼女が観客の話を全く聞こうとしなかったことです。映画を作った人って、観客の意見を聞きたいはず。

彼女はとにかく一方的で、それも、映画のことというよりも自分語りっぽかった。人が話しかける隙を与えなかった。今思えば、質問されてボロが出るのが嫌だったのかもしれない。ただ自分の本を売りたいだけだったのかもしれない。

この人は映画『湾生回家』が生まれるきっかけになったのだから、功績はある。でももう出てこないでね。

この映画の価値に影響が及ばないことを祈ります。湾生のみなさんに幸あれ。

新年早々の報道で、私の中では『湾生回家』が名誉回復しました。